主な選手歴

1966-73
ボストンレッドソックスのレギュラーとして活躍。9位からリーグ優勝という快挙を成し遂げる。インポッシブルドリームの立役者。
1968
捕殺・刺殺部門でアメリカンリーグでトップとなりゴールデングラブ賞を獲得。
1974-78
セントルイスカージナルス在籍中、アメリカンリーグとナショナルリーグの両方で100本塁打のメジャー記録を樹立。
1976-81
ドジャース黄金期の3番打者を務める。
1977
この年、本塁打30本以上を打った4人のうちの一人(セイ、ガービー、ベイカー、スミス)のちに指導者としてHRカルテットを育てる。(指導者歴の1997を参照)
1978
ロサンゼルスドジャースのMVPとなる。長打率5割7分6厘でドジャースの記録を塗り替える。
1982
サンフランシスコジャイアンツでプレー。
1983-84
来日、読売ジャイアンツに入団。日本シリーズ出場へとチームを導く。
メジャーリーグ17シーズン
ボストンレッドソックス
セントルイスカージナルス
ロサンゼルスドジャース
サンフランシスコジャイアンツ
日本プロ野球 2シーズン
読売ジャイアンツ
メジャーリーグでの生涯成績
打 率 2割8分7厘
本塁打 324
打 点 1092
打率3割以上のシーズン7回
本塁打20以上のシーズン8回
スイッチヒッターの本塁打歴代4位
オールスター戦出場7回

主な指導者歴

1993-98 ドジャースにて打撃コーチ兼一塁ベースコーチに就任。
1997 1シーズンでチーム通産本塁打174本を記録、(レジーが打撃コーチ就任後本塁打が増加、指導者として高い評価を得る)。
1989-94 ドジャースのマイナーリーグにてフィールドコーディネーター(総合責任者兼巡回打撃コーチ)として選手育成に従事。ロサンゼルスドジャースデベロップメントシステムを確立する。メジャー初の5年連続新人賞を輩出(マイク ピアッザ、エリック キャロス、ラウル モンデシー、トッド ホランズワーズ、野茂英雄)(「この賞はレジーの存在なくしてはあり得なかった」マイクピアッザ談)
1997 4人の選手が本塁打30本以上を達成、20年ぶり、史上2度目。(ピアッザ、キャロス、モンデシー、ジール)※ジール以外の3人はマイナー時代にスミスが育てた選手。
2000 シドニーオリンピックにてアメリカ ナショナルチームの打撃コーチを務め、金メダルを獲得。ボストンレッドソックスの殿堂入り選手となる。
2006~現在 WBCアメリカ代表の打撃コーチロサンゼルス郊外にレジースミスベースボールセンターを経営、子供からメジャーリーガーまで幅広い指導を行う。またメジャーリーグ球団からのチームコンサルタント業務も行っている。
その他 映画61でテクニカルアドバイザーとして役者を演技指導世界リトルリーグ認定DVDで打撃指導を担当


ごあいさつ  

この度、レジースミスベースボールジャパンを日本に設立することになりました。日本代表の滝口博之です。日米で初めてレジースミスの看板を受け継ぎ、本社と直結して業務していくことになります。その責任と日本野球界の発展のために、確かな野球技術を若い世代に伝え、世界で通用するような選手を育てていくことに使命感を感じております。弊社のコンセプトは、メジャーリーグで最も幅広く使われている最新の基本とテクニックを、日本の野球選手に提供するというものです。生体力学の理論を基に、どのように体を使えば、最高の力を発揮できるのかをベースに指導します。そこには、メジャーリーガーとして、スターの地位を築き、指導者としてもたくさんのメジャーリーガーを育ててきた、レジースミスの智恵と経験が集約されております。それでは、皆様とお会いできる日を心から楽しみにしております。
 
代 表滝口 博之
REGGIE SMITH BASEBALL:JAPAN
レジースミス ベースボール:ジャパン
代 表滝口 博之
Hiroshi Takiguchi Profile
 
1991 日本大学東北高等学校(硬式野球部在籍)卒業
1994 富士大学(硬式野球部在籍)卒業
1994 渡米、マイナーリーグトライアウトを受け最終選考まで残る
1996 貿易会社勤務(ロサンゼルス)
2000 福岡ダイエーホークス(現ソフトバンク)1軍通訳
2001 ロサンゼルスドジャース アジア圏部署通訳兼ウェブサイト記事担当(ロサンゼルス)
2002 レジースミス ベースボールセンター(ロサンゼルス)
2003 レジースミス ベースボールセンター国際指導部長に就任
2006 レジースミス ベースボール:ジャパン 代表XBAT 日本総代理店アジア圏販売部長
 
 
レジースミス&滝口_0810研修 レジースミス&滝口_0810研修